第四席 武道と秘伝  

 武道とは離れますが、最も判り易い、身近な例えでお話させて頂き ます。いま、ある人が、
スポーツの大会に出場しています。随分と緊張されている様子で、 コーチからしきりに、「肩の力を抜け、リラックスしろ」と指導されておられます。

 この状況を観察いますと、このスポーツ選手は、所謂、「ガチガチに緊張している」 状態で、
「体中にチカラが入っている」状況です。コーチが客観視するに、この状態では 充分に実力を発揮できない事が明々白々の様で、そこで、「肩の力を抜け、リラックス しろ」とアドバイスを送り、本来の実力を発揮できる状態、即ちこの場合ですと、 「リラックスした体」にさせようとしています。  

 ここで重要な事柄は、  「体中にチカラが入っている」状態に対し、「肩の力を抜いて、リラックスする」様にアドバイスが有り、「リラックスした体」に選手が変更された事にあります。即ち、充分に本来の実力を発揮する事を目的にしたとき、いま、必要な事は、「リラックスした体」になる事
です。いま、「リラックスした体」になれば、本来の実力を発揮する事が出来る訳です。  

 その為に必要な事は、「肩の力を抜いて、リラックスする」という事で、その具体的な方法は、
ガチガチに怒らせている、いかめしくしている、その「肩の力を抜く」事です。 どうやら、「リラックスした体」にする「コツ」が、「肩の力を抜く」という事になります。  

 かつて筆者は、「実は、武道における秘伝とは、この『コツ』と同様のものである」、とのご教授を頂きました。 技術を練磨して、ある段階に到達したとき、「実は、こうするともっと良い」と、「コツ」を示す事で、その術者の技術は、更に向上します。当然、その土台には、そこまでの 練磨された技術があります。                                                  
 「肩の力を抜いて、リラックスする」為には、「リラックスした状態」を識らなければ なりません。 そして、それは、「ガチガチに肩を怒らせて、体中にチカラが入っている 状態」を認識出来たことで実現が容易となります。その為、一つの指導方法として、敢えて、意識的に、この場合ですと、  「肩を怒らせて、体中にチカラを入れ」させて、練習することもある訳です。それによって、この 術者は、「リキミ」を認識し、その対にある、「リラックス」を容易に理解する事が出来る訳です。  

 この鍛練法を、吉丸先生は、「段階的修得法」と仰り、「急がば廻れ」という教えも頂戴致しました。そして、「実は秘伝技とは、とても単純な技術である。」という事と、「本当の秘伝とは、技術の習得方法である。」との教えも頂戴したものです。  

 指導方法にはもう一つ、最初に高等な技術、術理を示し、ある段階まで術者が到達 した際、  「あぁ、こういう事だったのか。」と気付かせる方法もあるとのお話で、大崎時代は、この、二つの指導方法を併用されておられた様でした。  

 吉丸先生より、「君もいつか、『これは教わっていた』『これはこういう事だったのか』 と、気付く
ときがあるよ。」と、お言葉を頂戴したものですが、現在でも筆者は、先生よりご教授頂いた鍛練をすると、「あぁ、こういう事だったのか。」と気付かされる事があって、深遠なお教えに、ただ、 ただ、感じ入ることがあります。  

 特に、大崎時代、お隣で稽古されておられる居合の皆様がお帰りになってから、 先生が副師範に技を示されることもあり、更に、お二人で技術に関してお話されている事なども多々あって、
当時、筆者は、殆ど理解出来なかったものですが、その場に居合わせ、技術を拝見し、お話を 伺う事で、大変に多くの事を学ばせて頂きました。 ただ、こういった事は、普段の練習時には殆ど無く、通常とおり「段階的修得法」での練習を行っていたため、ほかの武道を学ばれた方には、非常に特別な練習に見える 場合も多かったようです。

                                                                                        相顕舎の庵 第四席 了


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